【日本アルプス全縦走の旅】『人と自然のグラデーション。どこに腰をすえようか。』

山を下りてからひたすら西へ、地蔵尾根を下り駒ヶ根市街を目指して歩いたこの日(2014年9月16日)。山から街に至る道は非常に面白いものでした。

人と自然」、「開発と自然」の”濃淡”とでもいえばいいのでしょうか、そのあらゆる姿をたった1日で見たような気がしたのです。

 

まずこの日は南アルプスの松峰小屋という、“開発度”が極めて低いところから始まりました。そこからてくてく下ると舗装された林道が現れ、さらに下ると最初の集落が現れ、次第に住宅が増えていきます。

自販機が現れ、信号が現れ、ガソリンスタンド、コンビニ…最後に駅。というように、開発度の低い山小屋から開発度の高い駅前へと移り変わっていく風景、開発と自然の"グラデーション"を肌で感じることができたのです。

 

そんな風景を目にしながら、「自分はこのグラデーションのどこで暮らそうか」とぼんやり考えながら歩いていました。

 

何もかもが過剰な都市の生活にはあまり惹かれない。

山奥など自然度が高すぎるところもちょっと違う。私にとってそれは“ハレ”の場であって常にいる場所ではないような気がする...。

 

私はきっと里が好きなのだろう。

都市と自然のちょうどいい”共存点”。

この日歩きながら見た里の風景が美しかったのです。

 

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西日に照らされ金色に輝く稲穂と飛び交うトンボの透き通った羽のまぶしさ。

民家に積まれた薪の山と煙突から出る煙、その匂い。

人の瞳は優しく、「人間が自然を支配している」なんて傲慢さもない。

里は本当に美しかったのです。

 

都市と自然、人と自然のちょうどいいバランス。人と自然が互いを活かしあい調和した生活。人にも自然にも無理のない快適な生活。自然の恵みを頂いているという謙虚さを忘れない生活。主体的・選択的に都会的な便利さも取り入れながら、あくまでも謙虚に営む生活。

 

そんな、「自然と調和した謙虚かつ丁寧で快適な生活」を目指していこうと、夢見ながら歩いた、駒ヶ根までの約12時間の舗装路ウォーキングでした。

 

「歩く」って、ぼんやり思いをめぐらすのにすごく適したスピードのような気がしました。道端に転がっている様々な「考えの種」や「考えのきっかけ」を、適度に拾い上げながら進むことができるのでとても楽しい。

【日本アルプス全縦走の旅 15日目】2014年9月16日 松峰小屋~駒ヶ根市街 (南アルプス)

この日は南アルプス最終日。

 

のんびり歩いても昼過ぎには駒ヶ根市街に着けるだろうと、6時ごろにスタート。地蔵尾根の苔むした気持ちのいい森を楽しく下ります。

が、1時間ほどで楽しい森歩きは終了、そこからひたすらアスファルトの林道歩き。固いアスファルトは脚が痛むしくたびれる。

とはいえ白樺林の間をゆく林道は小鳥のさえずりもにぎやかで、清々しいものでした。

 

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(↑地蔵尾根の森)

 

ただ、いくら下っても集落が見えてこない。くねくね下ってやっと最初の集落が見えたのは正午前。昼過ぎには駒ヶ根か、なんて思っていた自分が甘かった。というか下調べ不足。Google maps駒ヶ根までの道のりを調べると、まさかの到着予定時刻19時。なんてこった…。

それでも、旅の初めの80kmの舗装路歩きを思えばここからの5時間なんて大したことない!気を取り直して歩いていきます。

 

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(↑駒ヶ根の里の風景)

 

駒ヶ根への道中にもいろんな出会いがありました。

道路脇で休んでいると車で通りかかった方が「兄ちゃん、これさっき買ったやつだけど」と缶コーヒーをくれたり、畑を耕していたおじいちゃんが親切に道を教えてくれたり(道だけでなく、じいちゃんの昔話もたくさん聞かせてくれた)。

そのおじいちゃんに教えてもらった道をしばらく歩いていると、おじいちゃんが後ろから軽トラでやってきて、「いいか、さっきも言ったけどこの次を右だぞ」とわざわざ言いに来てくれ、さらに「その先にサークルKがある。あそこはうまい弁当が食える」と、キュートなアドバイスもくれました。

 

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(↑里の風景)

 

優しい人たちに導かれ、19時過ぎに駒ヶ根中心部に到着。最初に目についたビジネスホテルへ。そして念願だったお風呂に入りリフレッシュ。

ホテル内のコインランドリーで南アルプス縦走中の洗濯を済ませてベッドに入りました。疲れていたはずなのにひさびさのきれいなベッドに興奮したのか、なかなか寝付くことができませんでした。

【日本アルプス全縦走の旅 14日目】2014年9月15日 農鳥小屋~仙塩尾根~松峰小屋 (南アルプス)

この日も美しい朝日で幕開け。親友Y氏ともここでお別れです。

友人と過ごした時間は本当に充実した楽しいものでした。心からありがとう。

 

農鳥小屋で別れて一人旅に逆戻り。

一人になると時間の流れが遅く感じられます。ただ、それと同時に自分の好きなペースで歩ける気楽さも感じていました。バランスが大事だな。

間ノ岳への長く大きな登りを越えて三峰岳へ。ここから仙塩尾根をたどって仙丈ケ岳を目指します。

 

このルートはあまり入る人もいないのか、ハイマツが登山道に大きくせり出していて歩きにくい。脚をむき出しにした短パン姿の私には厳しい道で、ハイマツが突き刺さり何か所も流血。

 

こんな感じで短パンでの山旅は生傷だらけでしたが、それでも旅の最後までずっと短パンで歩いていました。なんてったって短パンは涼しいし、汗でベタつく感じも少ないので、頻繁に着替えられないこういう旅には最適でした。軽くてかさばらないし、長期縦走なら短パンです。

 

仙塩尾根のところどころにあらわれる急な痩せ尾根では、何度かバランスを崩し転んでしまいました。山に入って10日目で疲労が溜まっていたということもあるのでしょうが、ここで怪我なんてしたらあほらしい。気を引き締めよ!と自分に言い聞かせました。

 

樹林帯の尾根道を、ずんずん北へと歩いていきます。どんどん近づいてくる仙丈ケ岳南アルプスももうすぐ終わりだと実感。寂しさ半分、下界で風呂に入れる喜び半分。

山は最高ですが、やっぱり下界の快適な暮らしも大好き。バランス、バランス。

 

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(↑地蔵尾根でみたライチョウさん)

 

仙丈ケ岳を越え、地蔵尾根に突入。

尾根に入ると早速ライチョウさんのお出迎え。つぶらな瞳がかわいらしい。

地蔵尾根は一般的なルートではないからか、とても神秘的な雰囲気で“原生林”といった印象。シラビソもでかいし苔もモフモフ、鹿の声もよく聞こえるし、どでかいフンもある(こりゃ熊だな)。

その原始的な森は苔好きの私にはたまらないものでした。モフモフかわいい苔ちゃんを撫でつつ進み、松峰小屋で宿泊。小屋の中もちょっとじめっとしていて、謎のフンがあったりしましたが、雨風がしのげるので問題なし!

 

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(↑地蔵尾根)

 

明日、ついに南アルプスから下山です。

【日本アルプス全縦走の旅 13日目】2014年9月14日 北岳肩の小屋~間ノ岳~農鳥小屋 (南アルプス)

雲海の先から昇った朝日がテントに付いた霜を融かすころ。そそくさと準備を整え昨日合流した5人で北岳に出発。

 

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友達と登る山のなんと楽しいことか。

ここまで10日以上ずっと一人だったこともあり、楽しくてしようがない。本当にみんなに感謝です。

 

北岳を越え間ノ岳へと稜線を歩きます。アップダウンを繰り返して山頂へ。山頂では生憎ガスに包まれてしまいましたがここでお昼ごはん。みんなで食べるとご飯もうまい。

ずっと山ではなかなかビタミンも取れていなかっただろうと、私の身体を気遣いパイナップルの缶詰を持って来てくれたP氏、本当にありがとう。

 

ここで3人と別れ、Y氏と二人で農鳥岳へ。間ノ岳から農鳥岳へ大きく下ります。ここを明日登り返すのかと思い少しうんざり(翌日は農鳥から仙丈ケ岳方面へ行く予定)。

 

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(↑間ノ岳から農鳥岳へと下る)

 

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(↑もうすぐ農鳥小屋)

 

「農鳥小屋のおっちゃんは怖い」という事前情報を得ていたY氏にビビらされながら農鳥小屋へ。幸か不幸か我々の対応をしてくれたのは爽やかなアルバイトさん。

怖いものみたさでおっちゃんに会いたかった気もするが…。

 

テントを設営し農鳥岳へピストン。険しいアップダウンとやせ尾根のなかなかくたびれる道のりでしたが、ここからの眺めも素晴らしいものでした。日差しも傾き橙色に染まる稜線、深い谷、尾根の先に見える間ノ岳のどっしりとした姿。

 

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(↑農鳥岳方面から見る間ノ岳

 

特に南側から見る間ノ岳の姿はたくましく、心揺さぶられるものがありました。

間ノ岳の大きな姿は遠くからもよく目立ち、ここまでの旅の間ずっとこの山を目指して歩いていたので、なおさら感慨深く感じられたのかもしれません。

 

農鳥岳のピークを踏み、無事白根三山縦走を完遂。テントに戻ってこの日はお終い。

 

余談ですが、農鳥小屋の水場は小屋から結構遠いです。

かなり高度差がありますのでお気を付けて!

 

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(↑翌朝、農鳥小屋で迎えた朝焼け)

【日本アルプス全縦走の旅 12日目】2014年9月13日 熊ノ平小屋~北岳肩の小屋 (南アルプス)

心待ちにしていた9月13日。

 

なぜならこの日、4人の友人たちと落ち合う約束をしていたのです。

しかしながら、1週間ほど前に「13日に北岳肩の小屋で会おう」と一方的に連絡したのを最後に、電波がなく連絡が取れていなかったので、本当に会えるかどうか不安で仕方ありませんでした。

 

とはいえ、私には約束通り北岳肩の小屋に行くことしかできません。テントを片付け熊ノ平小屋を後にします。

この日も快晴!三峰岳からは塩見岳間ノ岳、そして北岳の尖った姿もバッチリ。北岳が、とにかくかっこいい...。

友人との感動の再会の期待に心躍らせながら北岳を越えて肩の小屋へ。

 

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(↑北岳

 

肩の小屋に着いたのが13時前。まだ友人は誰も来ていないようだ。

小屋の前でそわそわしながらみんなを待つ。本を読みながら待つものの、気が気でなく内容が全く頭に入らない。1時間ほど経ったころだろうか、「キョロさん!(私のあだ名)」と呼ぶ声が!親友Y氏ではないか!

感極まった我々は鼻水と涙を垂れ流して再会を喜びました。

 

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(↑北岳のテント場)

 

その後、北岳で出会った熊谷在住のMさんと話しながらあとの3人を待つが、なかなか現れない。16時を過ぎても現れない。

 

「やはり事前の連絡が不十分だったか…」と諦めかけたその時。テント場に見慣れた顔が…。親友PとKじゃないか!そして少し離れたところにはCちゃんの姿が!

皆と熱い抱擁を交わし、一緒に晩御飯をいただきました。

 

やはりみんなで食べるご飯はうまい。とても楽しい。

 

わざわざ予定を合わせてくれた友人達と共に過ごす山の時間。これ以上の幸せはないなとつくづく感じた夜でした。そして空には私たちの再会を祝福するかのような満天の星空。持つべきものは友だ。

 

美味しいごはんで身も心もほくほく。暖かい幸福感に包まれて寝袋に入ったのでした。

ああ、幸せ。

【日本アルプス全縦走の旅 11日目】2014年9月12日 小河内岳避難小屋~塩見岳~熊ノ平小屋 (南アルプス)

この日は塩見岳を越えて熊ノ平小屋まで歩きます。

雲にすっぽり包まれた朝、Tさんより一足先に小屋を出発。

 

稜線上を歩いていると、厚い雲の向こうで、東の空が次第に明るくなるのが感じられました。しばらくすると、突然東側の雲にぽっかりと穴があき、そこから朝焼けに染まる富士山が。

厚い雲にあいた窓のような丸い穴に浮かぶ富士山。息をのむような美しさでした。

 

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(↑雲から見えた朝日)

 

塩見岳までは樹林帯が続きます。

朝の森の冷たい空気が身体に沁みわたる。森の中でドイツから来られたカップルと遭遇。海外旅行でトレッキングなんて素敵過ぎる。

 

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(↑朝の森)

 

塩見岳山頂近くは岩の急坂。登りごたえのある楽しい登山道。

塩見岳山頂からはこれまた360°の大パノラマ。いつしか空も晴れ、この時には雲一つない青空になっていました。毎日毎日天気に恵まれています。

 

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(↑塩見小屋は改装中でした)

 

南には荒川三山はじめ、これまで歩いてきた山々。北を見れば長くのびる仙塩尾根、その先には間ノ岳農鳥岳仙丈ケ岳甲斐駒ケ岳が。どこまでも続くその尾根を前に、心が躍ります。

歩き始めたころには遠くにうっすらと青く見える程度だった間ノ岳などの山々も、今ではその輪郭や緑の木々、白い岩がはっきりと見えるほど近くにある。なんだか不思議な気分でした。

 

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(↑塩見岳から、仙塩尾根)

 

塩見岳を後にし、なだらかにのびる仙塩尾根を進みます。

 

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(↑仙塩尾根から見る、白根の山々)

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(↑仙塩尾根の森)

 

天晴れの空の下、最高の尾根歩き。いくつかのピーク、お花畑を越えて熊ノ平小屋に到着。目の前にそびえたつ農鳥岳を拝みながらテントを設営し就寝。

翌朝起きるとテント表面に霜がついていました。

冷え込みの厳しい夜でした。

小河内岳での出会い、「エネルギーの交換」

雷雨から逃れて転がり込んだ小河内岳避難小屋。

出会ったTさんといろいろお話をさせてもらったのですが、その会話の中でも特に印象的だったことについて書こうと思います。

 

それは「エネルギーの交換」についてのお話です。

彼は「物々交換」を「エネルギーの交換」と呼ぶ人でした。

 

Tさんは自ら畑を耕しほぼ自給自足の暮らしをしているとのことで、山にもお手製の梅干しや干鹿肉、干したブルーベリーにきゃらぶき等々、手作りのものをたくさん持って来ていました。そしてそれらを私にもたくさん分けてくれました。

「何かお返しせねば」と思いましたが私から差し出せるものはわずかばかりのお菓子だけ...。

申し訳なく思いましたが、せめてこれだけでもと手渡そうとすると、

 

 「これは君が持っていたほうがいい。」

 「お返しなんていいよ。君は今、歩くことで周りにエネルギーを与えているんだよ。」

 と、言われたのでした。

 

初めは、その言葉をよく理解することができませんでした。

私はただ好きで歩いているだけですし、周りの多くの人から応援されエネルギーをもらっているのはこちらの方なのですから。

それに、頂いたたくさんの食べ物へのお返しが「歩く」という行為だなんて。「モノとモノ」の交換でなくていいのだろうか...。

 

しかし次第に彼の言葉の意味が分かるようになりました。自分にも同じようなことがよくあると気付いたからです。

 

夢を追って音楽を続ける友人の姿に感動し励まされたり、毎日一生懸命遅くまで働く友人や家族の姿に感動して自分も頑張ろうと思えたり。

周りの人の様々な姿に感動し励まされることがある。いつも、誰かの後ろ姿にエネルギーをもらっている。

 

それと同じように、彼も私の「歩く」という行為に、鹿肉や梅干し分のエネルギー・価値を見出してくれたのかもしれない

そうだとしたら、なんて嬉しいことだろうか。

 

誰かに感動を与えようなんて考えていなくても、「その人がその人らしく一生懸命生きている」というだけで、その後ろ姿だけで、周りの人にエネルギーを与えられる。そのことを彼は教えてくれたように思います。

 

つまり、人はみな「表現者」なのだと。何かを伝えようと意図せずとも、その後ろ姿がその人を「表現」しているということ。そしてその後ろ姿こそ、その人を表す「作品」なのだということ。

(※参考:宮沢賢治『マリヴロンと少女』http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1922_17654.html )

 

そしてどうせならポジティブな表現者でありたいとも強く思いました。

 

自分の言葉や身振り手振り、生き方などなど、自分から発せられるものから周りの人がプラスの感情を感じ取ってくれたらどんなに幸せか。そうなるためにも、常に笑顔で優しく人に接したいものです。なかなかできないのだけれど。

 

また、このとき改めて「必ず日本海にゴールしよう」と心に誓いました。

旅の前から応援してくれる人がいて、旅の間も道行く人や小屋のスタッフさんから励ましの言葉とエネルギーをもらっているのだから、ゴールしないわけにいかない、ゴールすることが最大の恩返しだと思うようになったのです。

大げさかもしれませんが、自分一人で歩いているのではないと、心からそう感じたものでした。

 

Tさん、本当にありがとう。必ず遊びに行きます。

すべてのご縁に、彼と出会えた偶然に感謝です。一期一会の出会いを大切にしよう。